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こんばんは~

嵐さん15周年記念の記事にたくさんのコメントをありがとうございます
メンバー一人一人に対してもいろいろ書きたかったけど
頭が働かなくて
ただただ今の自分の気持ちを書いてしまっただけになって・・・
でも、皆さんと一緒にお祝い出来て嬉しかったです ありがとう~
そしてみなさん、優しいお言葉をありがとうございます 感謝

飛べない飛鳥さん、はじめまして♪
お声をかけてくださりありがとうございます☆
コメントを読ませていただいて涙が止まらなかったです。。
私のほうこそ、感謝します☆
これからもどうぞよろしくお願いします☆





母ですが
9月8日(月)午前2時36分、静かに天に召されました。

9月3日(水)、ブログを更新した後すぐに実家に行ったのですが
その時はまだいつもと変わらない様子だったのに
夕方になって突然37度5分ほどの熱が出て
すぐに看護師さんに来てもらって診ていただいたら
「もしかしたら腫瘍熱かも知れない。これは、下がらないんですよ。」
とにかく熱ってる体を冷やそうということで
頭と脇の下にアイスノンを入れて様子を見ながら
何かあったら連絡をするということで私は家に戻りました。

9月4日(木)、横たわる母を見てびっくり@@
あんなに妊婦さんのように張っていたお腹が凹んでる!?
普通に柔らかいお腹に戻ってる。。

「えっ!?何かの前触れ?」と一瞬思ったものの
両手を見てまたまたびっくり@@
お腹に溜まっていた腹水が両手にまわって行ったとしか思えないほど
肘から下がパンパンに浮腫んで、手はグローブのようになっていました。
それでも、お腹の張りがなくなってその苦しみからは解放されたと思うと
ホッと一安心。。
熱は37度まで下がって・・・腫瘍熱ではなかった?
が、夕方になり、それまで落ち着いていた脈が190と速くなって・・・

9月5日(金)、脈の速さは変わらず、熱も38度と再度、上がってしまい
熱が高いうえに全速力で走っている状態が前日から続き
この日から兄も会社を休んで一緒に見守ることに。。
この頃はもう既に、言葉も交わせなくなっていて
唇を保湿してあげても声が出せなくなっていました。。
前日までは保湿してあげれば何とか声を拾うことが出来たのに。
唯一、食べることができた果物も
小さく軟らかくしても飲み込むことが出来なくなっていました。
そしてこの日から異様な光景が・・・

母の部屋には父の遺影が飾ってあるのですが
それを見つめるように、「まだ来ないで!」とでも言ってるかのように
その時だけ少し目を開けて、眉間にしわを寄せて
左手を前に出して拒否る母の姿が数分毎に見られ

それを見てみんなで
「きっとおじいちゃん(父)が迎えに来てくれてるんだね。
だけど、まだ逝きたくないって追い返してるんだよ」
って。。

こんな状態が最期まで続くのかと思ったら
眉間にしわを寄せたままだなんて、あまりにも可哀想で
みんなで話し合って、とにかく寝かせてあげたいと
夜、看護師さんに連絡をし、先生に話してもらって
安定剤の注射と睡眠薬を点滴に入れてもらい、様子を見ながら
何かあったら連絡するということで、家に戻りました。

9月6日(土)、熱は下がらず脈も速いまま、血圧だけが
上が90くらいだけど、まとも。。
長女も仕事を休み、次女もバイトを休んで一緒に見守りましたが
旦那さんには申し訳ないけれど、家に残って
2匹のワンちゃんの世話を頼みました。
長い時間、家を空けていることが多くなっていたので
ワンちゃんのことも心配だったし、母のプライドを守るため。

母ね、総入れ歯だったんですよ^^
それが数日前から自分で取ってしまうようになって
くしゃおじさんみたいな顔ほんでもってオムツだし
元気なころの面影なんてこれっぽっちもなくて
もう意識もハッキリしていなくて、目も見えていなかったから
旦那さん、連れてきてもよかったんだけど
自分の意思がしっかりしていた頃は私とお義姉さん以外に
裸になって身体を拭いてもらっている姿やオムツ交換をしてもらうのも
拒むような母だったから、お布団をかけているとはいえ
きっと自分の姿、見られたくないだろうなぁなんて思って・・・

この日は、私だけ泊まることにし
何かあったら連絡するということで娘たちには帰ってもらいました。

9月7日(日)朝、熱は相変わらず下がらず、脈も速く
まともだった血圧も、とうとう60まで下がってしまいました。
半分、眠っているような状態で目も閉じたまま、口は開きっぱなし
ただ口だけで息をしている感じで、拒否っていた左手もあげなくなって
眉間にシワも寄せなくなって、そんな姿を見た看護師さんが
「夕方までは厳しいかも・・・」と。

思わず看護師さんに
「それなら点滴、取ってください。体内に入らないで浮腫むだけなら
入れる意味ないし、もう痛い思いはさせたくないから」


先生も、これ以上は何もすることがないので見守るしか、と仰っていたし
先生に一言伝えてもらってから点滴を外してもらいました。

こんな状態なのに、介護士として働いている長女が
綺麗に目ヤニをとって顔を拭いてあげると
開きっぱなしだった口をちゃんと閉じて、クシャっとした顔をしながら
気持ち良さそうにしてね
「ありゃっ?私たちが拭いてあげてもこんな顔しないのに~
やっぱりプロは違うのね」
ってみんなして頬が緩んだ瞬間でした

他にもね、白髪は嫌だからと、母の願いで
「カツラと入れ歯だけは絶対につけてね」と言われていたので
看護師さんに
「ここ数日、入れ歯は取ってしまってるんだけど
亡くなった後でもちゃんと嵌めること出来るんですか?」

なんて質問をしたりして(笑
大丈夫ということでホッと一安心。

午後になって、熱は相変わらず高いまま、血圧も下がったままだけど
この数日間ずーっと全速力で走っていたような脈が、110と下がり始めて
もう頑張れなくなったことを実感。。

「お母さん、もう頑張らなくていいんだよ。
ありがとう。。ゆっくり休んで」


が、厳しいと言われていた夕方を通り過ぎ
夜になり22時頃だったと思うけど
10秒間くらい息が止まることが何度か続いたけれど
それでも持ち直して、日付が変わった9月8日(月)2時36分
突然ではなく、20秒開き、30秒開き、50秒開きと
私たちのために覚悟の時間を与えてくれたように本当に少しずつ
最期は静かに息を引き取りました。
兄家族と、私・長女・次女とで看取りましたが
誰一人として泣き叫ぶことはなく
涙しながらも、今までありがとうの気持ちと
やっと楽になれたねと、安堵の想いでいっぱいになりました。

看護師さんに連絡をして、亡くなったことを確認してもらい
身体を綺麗に拭いて、一通り処置をしてもらい襦袢を着せ
母が初舞台で踊った時の淡いピンク色の着物を着せてあげました。
帯はお腹の上に綺麗にたたんで両手で押えるように置いてあげました。
入れ歯もOK
お化粧もみんなで分担して、血色が良くなったように見えて
生前よりも若返った感じ・・・
最後にカツラを被せて完ぺきです。
ほんと、ただ眠っているように見える。。
着物を着せたりして動かしても鼻などから何も出てこなかったため
詰め物もせず、綺麗なお顔のまま、ただ眠ってるみたい。。

お葬式に関する細かいことなどは生前に、式場はここがいいとか 
組内はこうしてほしいとか、岩手から出てくる親戚はどこどこに泊めてとか
私が着ることになるだろう喪服が一式揃えてしまってある場所まで
すべてお義姉さんに伝えてあったようで
兄やお義姉さん、私が困らないようにと、本当に最後まで母らしくて
いろんな決め事もスムーズに運びましたが
唯一、願いを叶えられなかったのが
母が選んでおいてくれた遺影にする写真が
絹目(ザラザラの写真)だったことで、引き伸ばした時の状態が
遺影には適さないということで、改めて光沢の写真を選び直しました。
気に入っていた写真を遺影に出来なくて、ごめんね。。

通夜告別式も晴天の中、無事に終わりました。

最後に、縁起が悪いと言われるかも知れないけれど
9月8日は、長女のお誕生日でした。
今まで、旅行に行っててもどこにいても
お誕生日には必ず「おめでとう」の電話をかけてきてくれた母
長女がまだ赤ちゃんだった頃、数日入院したとき
お仕事が休みではない、仕事帰りにその当時住んでいた静岡まで
お見舞いに来てくれたり
香港で次女を出産する時も、手伝いに行くからと
一人で飛行機に乗ってくるような頼もしくて温かくて優しい母だったから
きっと、みんなと一緒にお誕生日をお祝いしたかったんだね。。
長女にとって23歳のお誕生日は悲しいものになってしまったけれど
来年からはきっと
「おばあちゃんも一緒に祝ってくれてる」
温かい想いに包まれたら良いなぁ~

お母さん、私を産んでくれて、そして最期まで優しい愛をありがとう
これからはそちらの世界で、お父さんと仲良く私たちのこと
見守っていてくださいね
大好きだよ



【ご挨拶】

智くんへの溢れる想いを綴るブログに、母のことを書くのって
どうなの?と何度も思いましたが
今となっては書いて良かったと思っています。
母を介護している日常、その時の気持ちを少しずつブログに残すことで
自分の想いも整理出来たし
何と言っても、母が頑張って生きていた証がここにある。。
読者の皆様には、とんだ記事の連発だったかも知れないけれど
毎回ごめんなさい。。と思いながら、甘えさせてもらいました
読んでくださった皆様、ありがとうございます
たくさんの拍手にコメントにメール、サトシゴト・アラシゴトから離れても
皆さんと繋がっている安心感で心置きなく母の介護に専念出来ました。
支えてくれてありがとう~
これからもどうぞ、よろしくお願い致します

もう少しだけサボったら、またたくさん智愛、語ろうね

ではではまた~

前々回の記事にコメントをくださった
怪物3104さん、コッペパンさん、葵さん、yuyuさん、Doさん
りっちゃんママさん×2、おだんご♪♪さん、もるもるさん、BELLさん
けいこさん、さなさん、あおいうさぎさん、ひ~みさん、ななしさん
さとっちょさん、ようママさん、ドナルドさん、まろんうささん
machirinさん、水野さん、shiokaさん、ミキッチさん、yuriaさん
ブルー大好きさん、春ピンさん、Mikkiさん、ブルーコットンさん
renさん、イヴさん、加地さん

コメントありがとうございます☆
皆さん、いつも支えてくださってありがとう~☆感謝(#^ε^#)チュッ♪
葵さん、ブルー大好きさん、はじめまして♪
お声をかけてくださりありがとうございます☆
これからもよろしくお願いします(*^^*)
コッペパンさん、Doさん、けいこさん、あおいうさぎさん
いつもの?ななしさん、shiokaさん、yuriaさん
、お久しぶりです♪
お元気そうで良かったです(*^^*)

いつもたくさんの拍手をありがとうございます
更新の励みにさせていただきます
感謝


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