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こんばんは~


お盆も終わっていつもの日常に戻ったご家庭も多いと思いますが
皆さま、お元気ですか?
私は変わらず、元気にしております

今日は少し、母のことを残しておきたくて
読んでくださる方だけお願いします





8月10日(日)
この日は休日だったので、実家に行くのを遠慮していたら
姪から電話がかかって来て
『お母さんが買い物に行っちゃってお父さんはいるんだけど
お父さんも私もオムツ交換できないの!
でもお婆ちゃん、しちゃったみたいで~』

という訳で、オムツ交換隊参上~

『来てくれたの?』と安心したような顔を見ると
私もホッとする
やっぱり、兄や孫には抵抗があるようで。。
心配しないで・・・声がかかれば何度でも行くからね

8月13日(水)
お義姉さんから午前中、電話が来て
『今日、来れる?』と訊かれたので
『今からお墓参りをして、お昼ご飯を食べてから行きます』
と言って電話を切ってね。。

いつものように13時過ぎに着いて・・・・・。

この、電話を切ってからの短時間の間に母の容体が急変したらしく
不整脈を起こし、今度は1分間に200を超えてしまったようで
肌の色も血の気がなくなって・・・
急いで看護師さんに連絡をしたら
まだ100mlほど点滴が残っているけれど止めましょうということで
急いで来てくださって、点滴をやめたら脈が落ち着いてきたそうで
私が家に着いた時には母はもう落ち着いていて
普段の穏やかな顔をしている母に戻ってました。。

今までは、水分不足が理由での不整脈でしたが
(毎日、点滴をするようになってからは落ち着いていました)
でも今度は、入れなくてもいいものを無理やり点滴で入れてることでの
心臓に負担がかかっての不整脈とのことでした。

下痢はずーっと続いていて、その関係もあるかもしれませんが
尿の出が悪くなり、この1日で
お腹と足先が急激に浮腫んできたのが分かる。

母の身体を思ってやっていることも
それが逆効果になってくることも多くなってきたけれど
普通の健常者のように喉が渇いたときに
好きなだけ飲めるわけでもないから点滴は止められないらしい。。
次からは時間をかけてゆっくり500mlの点滴を落とすことになった。

日付が変わって8月15日(金)になった夜中
この日は1時頃には寝につきましたが
3時過ぎに私の携帯にお義姉さんから電話がかかって来て
『胸が苦しいって言ったと思ったら、私にありがとうって言ってきたの。
危ないかもと思ってサチコさん、呼ぼうか?って訊いたら
「今何時?」って聞くから3時過ぎだよと答えたら
「じゃぁ、呼ばなくていい」って。。
おばあちゃん、時間なんて気にしなくていいんだよ!
サチコさん、呼んでほしい?ってもう一度訊いたら
「呼んで」って言ったから』
って電話してくれてね。。

私が実家に着いた3時半過ぎにはもう、落ち着き始めてて
甥や姪も起きて傍にいてくれててね・・・
きっと安心したんだね。。
手も温かくなってて・・・ほんと良かった~。。

9時ごろ、その日1番で看護師さんが早めに来てくれて
その時に、言われてしまった。。

『不整脈や胸が苦しくなるのは突然やってくるからね。。
痒みもあるけど、次のお風呂はどうしますか?
たぶんそれが、最後になると思いますが・・・』


自宅看護になってからはガンに対する検査等も何もしていなかったから
いつその時がやってくるのか・・・覚悟はしていたものの
ずーっと不安で・・・・・でも、そうか。。

お風呂はもう、2回ほど入れてもらってるし、毎日体も拭いてもらって
シャンプーも変わらずしてもらってるから
これ以上、体に負担をかけたくなくて結局、お風呂は止めました。

看護師さんも来てくださったし
母の状態も落ち着いたまま安定してたので私も家に戻りました。

8月16日(土)
下痢便に血が混じるように。。
この頃から母の声が聞きとり難くなってきて
元々、肺ガンゆえ、小さな声でしか話すことが出来なかったんだけど
それに+、途切れがちになって理解するのが大変になってきたけど
みんなして、このことを言いたいのかな?あのことかな?と
頭を働かせながら何とか会話が成り立っています

8月17日(日)
この頃から、ベッドの柵に取り付けてある鈴を鳴らさなくなったと言うか
鳴らそうとする気持ちはあるようだけど、手が命中しなくなった。。
オムツ交換も、『出たよ』とオムツを触って教えてくれるのだけど
出ていなくて不発に終わることも多くなってきた。。

8月18日(月)
この日、とうとう母の脳ミソがぶっ飛んでしまった。。
以前ガンが、骨と脳に転移してしまったことを書きましたが
母がずーっと恐れていたこと・・・
自分が自分ではなくなって、何を口にするか分からなくなること。

母ね、私のこと、姉(ユリコ)だと思ったようで
『ユリコ、来てくれたの?』
『お母さん、私はサチコだよ
『そうか、そうか、ちょっと痩せた?
美人さんでサチコに似てるよ、やっぱり


姉が来てくれたと思ってとても嬉しそうな顔をしている母を見て
今まで何も言わなかったけど
千葉にいる姉にもやっぱり逢いたいんだろうなぁと思った。。
姉はちょっと事情があって逢いに来れないんだけどね。。

お義姉さんに
『お母さん、私のこと、分からなくなっちゃったかも・・・
私のこと、ユリコって言うんだよ(苦笑』
と言ったら、お義姉さんも

『そうなのよ、夜中から明け方まで、うんうん唸ってたり』
『メグちゃん、(お義姉さんの名前)車で来たの?家に帰ろう。』
『お婆ちゃん、ここは家だよ、病院じゃないよ』
『あっ、そうか!じゃぁ婆ちゃんのお財布から150円持ってきて!
タクシーで帰ろう』


お義姉さんも夜中、こんなことがあったって笑いながら話すもんだから
私も、自分のことを分からなくなっちゃった事の重大さよりも
何か爆笑しちゃってね(笑

痩せただの、美人さんだの言ってくれたのは嬉しいけど
エライ複雑だぞぉ~(笑
それに、150円で乗せてくれるタクシーっていったい
いつの時代のタクシーなの?

二人でツッコミながら笑ってたら母もまた、笑ってた(笑

この日は仕方ないので私も、ユリコで通しました(笑
私の顔を見るたびに『痩せた!痩せた』って言うもんだから
母が記憶している姉の姿は、どれだけおデブちゃんなんだ?
まったく、しょうがないね~(笑
『そうなんだよ!ダイエット、大変だったんだよ~』って言ったら
ニコニコ笑ってた(笑

認知症というのか、脳ミソがぶっ飛んでる時の喋り方って
子供みたいになるのね。

『桃を切ってくるから待っててね』っていうと
『はぁ~い』っていいお返事
『暑い』と言うので、胸までかけていたタオルケットを
腰まで下ろして『これでどう?』と聞いたら『うん、いいよ』というので
『じゃぁ、これでいいね?』って再確認したら
『良いわけないの!って、駄々捏ねたりね(笑
この日は書いたらキリがないくらい子供っぽい母だったけど

昨日8月19日(火)は、いつもの母に戻ってて
夜中もちゃんと寝てくれてたようで
お義姉さんも寝不足にならずに済んで良かった。。
私のこともちゃんと『サチコ』って認識出来て良かった

家族みんな、心に想うことはあるけれど、悲観的になったらそれまで。。
なるべく楽しく介護していこう~

今回も長い文章、読んでくださってありがとう~


前回の記事にコメントを下さった
maeni51さん、ひ~みさん、怪物3104さん、もるもるさん
satukiさん、さとっちょさん×2、カステラ娘さん、ドナルドさん
ミキッチさん、ブルーコットンさん、あゆさん、春ピンさん、ようママさん

コメントありがとうございます☆
今は書けるときに書きたいことだけを書いてるのもあって
なかなかサトシゴトで盛り上がったりできないけれど
皆さんの智語りを読んでるだけでとっても元気になれます(´▽`
いつもありがとう~☆

いつもたくさんの拍手をありがとうございます
更新の励みにさせていただきます
感謝


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