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2013-09-02 00:25 | カテゴリ:2013年24時間テレビ(嵐)



こんばんは~

今日はねって、もう昨日ですね
『今日の日はさようなら』のコメントへのお返事を書き終わって
自分の、その時の気持ちもお返事に
“辛かった”ってちゃんと書けることが出来て
もの凄く楽になって吹っ切れてね
何の話?って感じだけど(笑

感想を読んで、“あれ?”って思われた方もいらっしゃったかもだけど
耕太がちゃんと生きてちゃんと死ぬ決意をしてから
家での緩和ケアが始まって、恋人のえっちゃんに逢いに行ったり
家族へのお手紙を書いたり、そこまでしか感想を書けなかったんだよね
それ以降の感想を何一つ書いてないの。。

母の事も、あんなちょっと強気に書いてはみたけど
母も耕太と同じような感じになっていくんだって思ったら
それ以降、いろんな映像がリンクしちゃって何も書けなかった・・・・・

最後の耕太のお願い、川の字になって寝るって
私は3人きょうだいの末っ子で、よく母と父の間に横になって
川の字で安心しながら寝てたことを思い出してね。。

そんな事や、耕太が亡くなった時の
お姉さんの、“ふぅ~”っていう安堵したため息

これも、13年前に父が亡くなった時のことを思い出した。。
あの時は、千葉に住んでいる姉のところにも連絡を入れて
ずーっと待っていたんだけど・・・・・
父はもう既に、自分の意思では呼吸が出来なくなっていて
数日前から人工呼吸器のお世話になっててね

“もう、充分だよね。。お父さん、頑張ったよね!”って家族で話してて

それで、担当医に言って人工呼吸器を外してもらったの。
家族は
“お父さん、お疲れ様”って気持ちだったんだけど

その後、心臓が止まる寸前だったのかな?
それまで目を瞑っていた父が目を開けたの。。

えっ!?って・・・・・
もうびっくりしちゃって、既に呼吸はなかったから
目が開きっぱなしだとマズイってことで、兄が手のひらで閉じるんだけど
何度閉じても開いてね。。

“もう、頑張らなくていいんだよ!お父さん”って
みんなして声かけをするも、何度閉じても開いちゃうの。。

そんな事を何度か繰り返していた時に、千葉の姉家族が病院について
“お父さん”って声をかけたら
今まで絶対に閉じようとしなかった目を、ス~っと自分で閉じたの。
それを見て
“あ~、お父さんは姉の事を待ってたんだね”って。。
それから間もなくして1回だけ大きく息を吸って、ふぅ~って吐き出して
それが父の最期でした

その時に思ったの。
あの一息は、父の家族への感謝の気持ちだったんだって。
家族全員が集まったのを確認してからの
大きな一息
耕太のようにお手紙でそれを伝える事は出来なかったけど
私たち家族はちゃんと父の想いを受け取りました。

耕太が亡くなった時のお姉さんの、“ふぅ~”っと吐き出した一息は
やっと耕太が苦しい病気から解放された事への安堵の想いだったのかなと。
家族もまた、日々、闘っていたんですものね。。

って、いろんな事を思い出してしまったら書けなくなっちゃって
あんな中途半端な感想になってしまいました(苦笑

そう遠くない未来に、母は確実に逝ってしまうと思う。
頭では分かっていても
耕太のような、ああいう姿を見てしまうと母とリンクしてしまって
やっぱり辛い。。

でも、そんな想いも皆さんが、私の代わりではないんだけど
その辺の私が書けなかった感想を書いてくださっていて
それを読んでたら、なんかね、不思議と落ち着いてきて吹っ切れたの
ありがとね
やっぱり私は直接的にも間接的にもいつも皆さんに
助けられてるなって実感しました
ありがとう~

ちゃんと生きてちゃんと死ぬ

普通の日々を普通に過ごしていくって、大切な事であり
が、しかし、実はとっても難しいことなのかも知れません

ただ悲しいだけではなかった今日の日はさようなら

いろんな角度から考える切っ掛けを下さって
ありがとうございます

ちょっと湿っぽくなっちゃったので、2つばかりほっこりするお話を

私は、原作本を既に購入してはいますが
まだ、中身を読んでいないので知らなかったんだけど
Sさんから、こんなメールが届きました
Sさん、教えて下さってありがとうございます感謝

帰省していた時に原作『大空への旅立ち』を読みました。
原作本のP134に、8月8日(日)

「とーちゃんとかーちゃんが、新聞と
『ザテレビジョン』とお菓子を持ってきてくれた!」
と書いてあります。
昌彦くんが発病したのは、平成16年(2004年)3月です。
2004年夏、嵐ちゃん達は初の『24時間テレビ』のパーソナリティーを務め
多くのテレビ誌等に掲載されました。
昌彦くんが読んだ『ザテレビジョン』にも、智くんの姿があったはず・・・

自分の身体がこの世から去った後に
雑誌で見たその人が、自分を演じてドラマになる。
静かに沁み渡る“命”の尊さと儚さ。。。
死してなお繋がる“絆”と不思議な“縁”を感じました。


これ、凄いね。。本当に凄い
こんな偶然の産物ってあるんだね?
昌彦くんも天国から見ていたかも?

日記、それが闘病日記であっても、こういう発見もあるんだ
ブログもそうだけど、その時の想い等、ちょっとした事でも
綴っておくっていうのはやっぱり良い事なんだね

もう1個、これはコメント欄で教えてもらったんだけど
私、3回観ても気付かなかった
Kさん、教えて下さってありがとうございます感謝

ドラマで移植後、耕太と信夫のやり取りで、信夫が

僕らは最強なんだって言った後

耕太の最強の夢のシーンで、皆とテーブルを囲んで
中央の大皿に盛り付けてあるお刺身に
皆が箸を持った手を伸ばしているんですが
そこにはボンちゃんの姿もあって(ここまでは私も把握してたんだけど)
ボンちゃんも箸をしっかり持って、お刺身を掴もうとしてる(笑

ボンちゃん

そんな最強の夢を見た耕太が微笑んでいて
確かに微笑んでしまうよねって納得したって
私、箸を持ってるボンちゃん、全然気付かなかった~(笑
うんうんこんな姿、微笑まない人なんていないよね(笑
こんなちょっとしたところにも愛情を感じたドラマでした~

ではではまた~

※コメントのお返事、もうしばらくお待ちください

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