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2012-02-15 11:11 | カテゴリ:智くん素敵エピソード


おはようございま~す

昨日のエントリーにたくさんのお気持ち、たくさんのコメント等
ありがとうございます
ランキングの方もなんだか信じられないような順位にさせてもらって
嬉しいような申し訳ないような・・・・・
違う!違う!申し訳ないなんて言ったらダメですね。。
こんなに大勢のサトシックさんに共感してもらえてとっても嬉しいです
たぶんまた、すぐにガクンと落ちると思いますが・・・
あははははっ!恐ろしいぞよ
な~んて、今は良い夢みさせていただいている事に心から感謝します
ありがとう~

でですね
智くんの京都時代のお話、まだ知らない方も大勢いらっしゃるようなので
あっ、私もそうですよ
細切れには情報を掴んでいても自分のブログ等では
よそ様の言葉をそのまま載せるわけにもいかないし
におわす様な言葉でしか書けないから伝えたくてもなかなかネ。。
でもね、Sさんが私の知らなかった事もまたたくさん教えて下さいました

変に、間を空ける理由もないので今回も京都時代の智くんのお話ですよ
Sさん、お忙しいところいつもありがとうございます感謝

※全ての文章の無断転載・無断引用を固くお断り致します。

こちらの内容は“S”こと私個人が書いたエピソードを
sachiさんのブログにご厚意により載せて頂いてます。
その点を充分にご承知願います。
智担です。大野くん贔屓目線にて超重度の“サトシック”が書いてます。
あくまでも智くんが主です。
エビソードはTV番組、ラジオ、雑誌、コンのMC
当時をご存じの方々等々の情報を集めて取りまとめたものです。
文章は、ニュアンス等が違う事もあるかと思いますが
なにぶん素人ですのでご理解下さい。 宜しくお願いしますm(u_u)m


表舞台にだけ目がいってしまいがちですが
それ以上に大変だったのは細々とした裏方のお仕事。

演出のアイデアはもちろん
(できないドラムの前に座りパフォーマンスをしたり)ですが
『Kyo to kyo』は、コンサートや芝居とは違った舞台のため
マナーが徹底していませんでした。
団扇を振り上げ、立ちあがり、歓声をあげ
贔屓のアイドルの名前を連呼するなど大騒ぎの状態。
そこで
「コンサートではない!」という趣旨のもとに、TOP-J公演は
「出演者の意向により座ったままで、ご観覧下さい。」の掲示と
スタッフの呼び掛けを行い、観覧マナーを指導したりしました。

※TOP-Jとは『Kyo to kyo』に出演した
原くん、大野くん、田中くんの3人のことを言います。


『Kyo to kyo』は場所が京都ということで
多くの関西Jr.が出演してます。
しかし、入所してまもない関西Jr.は人気もなければ芸もないため
結局は大野くんたちが休みの日も舞台に上がることに。
幕が下りるときには

「明日も来て下さい、お願いします。」と頭を下げる日々。
舞台が終わると、まだ年齢の小さい関西Jr.を
タクシーで家まで送りとどけ、本当に休まる時間がない日々。

※当時、関西Jr.は京都の舞台に立てると噂がたち
 入所者が殺到したそうです。でも多くは舞台が終わると退所。
 その時に残留したメンバー数人がのちの関ジャニ∞になったそうです。


「島流し」と一部では言われていました。
当時のJr.は黄金期と言われ
デビュー前にも関わらず、冠番組を持つなど大人気でした。
Jr.の中でも絶大な人気を誇ったのは滝沢くんですが
彼はJr.のリーダー的な立場も担ってました。
大野くんや原くんは、年齢的にも入所日も滝沢くんの先輩になります。
アイドルらしいアイドルの滝沢くんと
それとは一線を画す大野くんや原くん。

原くんは一度はV6のメンバーとして候補に名前があがったこともあります。
あがったと言うより、$誌に「決定!」と書かれた事実。
でも蓋を開けてみれば・・・
その後、『Kyo to kyo』
そんなこんなも多々あり、一部では「島流し」と言われていたのかと・・
『Kyo to kyo』の舞台に立ち
のちにMA(Musical Academy)のメンバーとなったJr.達は
Jr.シニアと呼ばれ少し違った存在でもありました。


97年11月号明星より 大野くんのコメント
舞台が始まったら「きっとすんごいことになっちゃうんだろうな~」って
覚悟はしてたんだけど、実際始まってみたら
予想していたよりキツかった。朝早いし、脚痛いし・・・。
今までのコンサートやツアーとは全然違う。毎日充実しまくり。
でも、この毎日が、絶対自信になるはず!


97年12月号明星より 原くんのコメント
基本的に1日2~3食は楽屋でお弁当。
「箱を見るだけで中身が分かる。食べる前から味もわかる。」
超能力を得て喜ぶというより正直言ってもはや飽きてる。
「だけど、食べなくちゃ持たないから1日5食くらい食べているかも」


「食べる前から味もわかる。」って・・・
疲れて部屋に帰って来ても、美味しい温かい食事が用意されてることもなく
心配した大野くんの家族が
足蹴く京都へ通った気持ちを察せずにはいられません。
そんな大野くんを慰めてくれた同居人はハムスターの“牛若丸”でした。。


芸能界という世界が、どんなものなのか私達は想像するしかありません。
大野くん以上に苦労をしいてる芸人さんやタレントさんは
数多くいると思います。
でも、ジャニーズ事務所という業界屈指のプロダクションが
東京以外の地で初の長期公演を行う。
大々的に宣伝され、初演当初は日替わりでデビュー組が出演し
大盛況となった『Kyo to kyo』
その舞台を引き継ぎ公演するも、連日空席の客席。
後にも先にも、これほどまでに空席が続いた
ジャニーズの舞台やコンサートはないと思います。
大きなバックアップを得ながら客が入らないと言う事実を体感したのは
大野くんのみ。。。

そんなどん底を味わってるからこそ、デビュー後に“嵐”の人気が低迷し
後続の後輩グループに追い抜かれても
「大丈夫!!」と言い切り
「今は苦労すること。それぞれが遣りたいことを学べはよい。」
メンバーを信頼し、ソロ活動を応援し続けたのだと思います。


今日は、バレンタイということで“智くんのバレンタインデー”
2007年3月号Myojoより 「思い出のバレンタインデーを教えて下さい。」 


あんまり興味ねえからなぁ…。
そういえば一昨年、母ちゃんからリアルなゴリラのチョコもらった!
目の前でかじってやったよ。 「喜ぶかなって思って」
すっげえシュールだよなぁ(笑)



以前、他のお友達が教えてくださったことなんですけど
特に2005年はシングルもなかなか出なくて
『サクラ咲ケ』は受験シーズンも終わり間近でのリリースのうえ
アルバム『One』もライブ突入間近?になってからのリリース
挙句の果てには、このライブだけまともにDVD化もしていません
思えば後輩グループの亀ちゃんたちとか山ピーたちとか
いろいろデビューしてきた頃なのかな?

普通の神経してたら焦りますよね?
でもこのどっしり構えてる智くん
嵐さんのグループに入ってリーダーになってくれて本当に良かった

そんな不遇の時期2005年の嵐さんのライブ【One】
こんな時でも笑顔がたくさん溢れているライブの感想を書いています
良かったら読んでみて下さいね~
京都時代に苦労した智くんは、後に嵐というグループに所属し
不遇の時期も笑顔を絶やさずに
5人一緒にライブを楽しんでいる姿を思い浮かべて下さったら嬉しいです

コンサートDVD【One】を手に入れるまで☆
【One】コン・20分の中に中睦まじい嵐さんが満載☆
笑顔ではないファンサに妄想列車暴走中☆


それと最後にですね
あれですよ
智くんエピソード、あんまり期待しないでネ
書きたいことはたくさんあるけれど
毎週UPしているエントリーやレギュラーもあるので
そっち方面を優先してエントリーしていきたいと思っていますので
期待して遊びに来たら
なんだよ!これなんて事にもなり兼ねないので
普段はね、大したエントリー挙げていないんですよ(苦笑
それでも良かったらまた遊びにいらしてくださ~い
お待ちいたしておりま~す


京都時代はサトシックにとっても大切な想い出の日々☆
エントリーに拍手コメントを下さった
美凪さん、凪っ子さん、キーさん、トヨチャンさん、なおさん
きょんぷーさん、はじめましてさん、けんさくちゃんさん、さぼままさん

お返事を書きましたのでお時間がある時にでもお読みになって下さいネ



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いつもたくさんの応援ポチ&拍手
過去エントリーにも毎日たくさんの拍手を
ありがとうございます
感謝


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