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本日、2012年3月11日(日)
東日本大震災から1年が経ちました。

私の両親の実家は岩手県陸前高田市
今ではどちらの家とも跡形もなく、無くなってしまったようだけど・・・

この震災で、父方が2人母方が9人
合わせて11人の身内がこの震災で命を落としました。

父は12年前に既に他界しているので
母と長男の兄家族で4月と夏休みを使って2回ほど様子を見に行きましたが
私は家庭の事情で2回とも一緒に同行することが出来ず
毛布やらバスタオル類に下着を含めた衣類に紙類と食料を
あっちこっちから引っ張り出し、購入したりして
持って行ってもらったんですけど・・・

当時の状況とか、ちゃんと聞きました。。聞いたけど
言葉にすら出来ない状態・・・・・

でも、ちょうど岩手に着いた前日に
運よく遺体があがった身内がいて、ちゃんと確認出来たらしい。
そして個別に火葬まで出来たよう。
こんな事ってあるんだ。
その時に行ってなかったら身元確認のチェックだけされ
合同火葬になっていたかも知れない。
どのくらいの期間、置いておけるのか分からないものね。
あんな大惨事の中での奇跡にも近い不幸中の幸い・・・・・


先月の2月7日には10人目の遺体があがって
1年近く経つからその姿は既に白骨化していたらしいんだけど
DNAというもので身元が確認出来たらしい。
便利な世の中になった事に心から感謝。

でも、まだ一人、遺体があがらないらしい。。

亡くなったおじやおば、そして従兄弟
まだ幼い頃、3人きょうだいの末っ子だった私は
みんなに可愛がってもらってた。
そのおじ達が、みんな亡くなってしまったなんて
未だに信じられない。

無理をしてでも自分の目で直視してきたならば
時間が掛かろうとも受け入れられたかもしれない。

そう後悔しつつも
1年が経過しようとしているのに睡眠障害を起こしている母を見ると
罰が当たるかもしれないけれど
行かなくて良かったっていう気持ちもある。
リアルな暮らしでの、いろんな気持ちも入り混じって
本当にどうにかなりそうだったけど
そんな私を救ってくれたのは嵐さんであり智くんの存在だった。
出逢えて本当に良かったと思ってる。

命を救われた身内を含め、被災地の方々は悲しむ余裕もなかっただろうに
それでも前を向いて生きていかなければいけない現実に
なんて言葉を残せば良いのか・・・・・
母たちに、いろんな物を持って行ってもらったのだけど
そのお礼の電話が入った時には
あ~、生きてる!生きててくれたんだ!と実感。
とても嬉しかったよ。

まだ、何とも言えない心情だけど
どうか亡くなった命、一人でも多く家族の下へ帰れますように。
そして当時よりは落ち着いてきただろうこれからが
精神的にも一番辛い時期になるのかも知れない。

神様、どうか救われたみなさんを見守ってあげて下さい。。
日々、ほんの少しずつでもいいから素敵な笑顔が戻りますように。
そして、いつまでも笑顔でいられますように。

東日本大震災にて亡くなった方々のご冥福を心よりお祈り致します。



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